日本一滝すべり 龍門の滝  &  美人湯の聖地 龍門の滝温泉郷

おんせん県おおいた 龍門の滝観光協会 公式サイト
日本一滝すべり・二段落ちの名瀑 龍門の滝 と 美人湯の聖地 龍門の滝温泉郷
おんせん県おおいた 九重(ここのえ)町

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総社 宝八幡宮

御祭神 品陀別大神・帯仲彦大神・息長帯姫大神
大祭 五月十五日前後の日曜日 春祭 十月七~九日 秋祭

御 由緒

当神社は、今から約千三百年前の奈良時代・養老二年(七一八)二月に霊峰宝山の八幡神社の総本社宇佐神宮より、ご分霊をいただき創建されました。
『豊後国志』の「国司奉奏して祠をたて郡の総社とす」とあるごとく古来より上下の信仰を集めました。
特に鎌倉時代初期、大友能直当国所領の頃より社頭いよいよ繁栄するに至り、能直は当神社を「豊後七宮八幡」の一つとして、神殿のご造宮を行いました。
時移り戦国時代末期・天正十四年(一五八六)薩摩島津義弘の軍勢が玖珠郡の乱入した折、兵火のかかり社殿を始め各種建造物・古文書・御神宝類に至るまで、悉く焼失・散逸致しました。
古来より都の宋廟として祟敬篤く、廷宝五年(一六七七)造立の第三鳥居の右柱に「神宮寺八幡大菩薩御寶前」と刻まれてあるごとく、かっては附属の神宮寺や各坊がありました。
なお同鳥居神額の揮毫は、英彦山座主によるものです。
また明治八年(一六七一)には、摂家門跡であります京都の「随心院御門跡」により御神燈二張の寄進があり、慢幕に菊の御紋を付けることを許可され、御祈願所となりました。
さらに天和四年(一七八四)には、神祗道管領吉田良廷より「宝山総社八幡宮」称し奉る旨の神宣を賜り、今御本殿正面の額にかかげています。
明治新政府の社格制度では「郷社」に指定されました。
昭和天皇のご大典記念には、県下三社の内に加えられ大規模な神苑工事を行い、近年は駐車場・参道も整備され、今日に見るがごとき荘巌なるご社頭となりました。
またアジサイの名所としても知られるようになり、六月中旬から七月中旬のシーズンには沢山のアジサイが咲き乱れ、俳句大会など「アジサイ祭」も催されています。

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